「平成 16年福岡市福祉のまちづくり推進大会」において、ひだまりの会は福岡市社会福祉協議会より「ボランティア等功労者」として表彰されました。
応援してくださった皆様のお陰です。ありがとうございます。

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  ※旧ひだまり通信
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城南区子どもプラザ
平成16年度より福岡市の委託を受け、「城南区子どもプラザ」の運営を行っています。最新の活動内容は、プラザのHPをご覧ください。
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●子育てコラム ※旧ひだまり通信(2002年版・子育てが楽しいまち)
子育てコラム(旧ひだまり通信)は、サロンでスタッフをするしーちゃんが、親や子どもたちの声を多くの人に届けようと毎月書いたものです。子育て中の方にぜひ読んでいただきたいコラムです!

 ■目次

  1 「えっ、公共施設のロビーにすべり台?」
  2 「県がつくった危険なテーマパーク」
  3 「子どもを連れていける講座」
  4 「地域にコミュニティスペースを」
  5 「空気のきれいなまち」
  6 「ほしい!子育てコミュニティ施設」
  7 「幼児と図書館」
 特別編 「みなさんありがとうございました」
  8 「つくろう!子育てコミュニティスペース」
  9 「まちづくりに『子どもの参画』」
 10 「ぶつかり合う場所」
 11 「市民と行政のパートナーシップ〜わたしはあきらめない女〜」
 12 「子どもは、お客さんじゃないざんす」
 13 「えっー!少年犯罪全国一位!?」
 14 「子育ての学び方」
 15 「子育て支援って何……?」
 16 「与える遊びとつくりだす遊び」

1.えっ、公共施設のロビーにすべり台?

福間町に「ふくとぴあ」という健康福祉センターがあります。福岡市で言えば「あいれふ」みたいな建物。この間そこに行ってきました。

車から降りると青々とした芝生広場に木製のすべり台と木馬がお出迎え。公共施設の前って、噴水とかオブジェとかが定番じゃないですか。それで(おっ、ここはそこらの施設とちょっと違うぞ)とわくわくしながら中へ入りました。

するとそこにもすべり台が!広いロビーの3分の1ほどにじゅうたんがひいてあって、子どもの遊び場になっているんです。2歳ぐらいの子どもたちが大型積み木で遊んだり、そこの本棚の絵本を読んだりしていました。お母さんたちは子どもをながめながらコーヒーを飲んでいます。

公共施設っていうと床がぴかぴかに磨いてあって「小さな子ども?来ないで!」とイスやテーブルが言っているような場所が多くありませんか?

ところがこのふくとぴあ、新しいのになんとも居心地がいいのです。

私もすっかりソファーでくつろいでしまいました。ロビーだけではなくて施設のあちこちに人の居場所があるのです。高齢者施設のなかにある「ふれ合いサロン」にも赤ちゃんや幼児のおもちゃがいっぱい。横には卓球台があって中学生なんかがよく利用しているとか。利用申込なんかいりません。これなら本当に高齢者も子どもも母親も「健康」になりそう!

実はこのスペース、保健婦さんたちの要望があったのだとか。保健婦さんは、母親たちの思いを代弁してくれる一番の専門家。やはり頼りになりますね。保健所のロビーに子どもの遊び場なんて、親からするとこんなに安心できる遊び場はありませんよね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.県がつくった危険なテーマパーク

岐阜県養老町にあるテーマパーク「養老天命反転地」って聞いたことがありますか?
私もぜひ行ってみたいと思っている場所の一つです。

このテーマパークは、すべての部分でバランスを崩すように設計されていて、危ない場所だらけ。

「カップルはみな手をつなぎあう。家族はカニ歩きになってそろそろと進む。おじさんは獣のように這いつくばり、はしゃぎながら斜面をのぼる」という危険な公園なのです。

オープン当日、男性が転倒し右足首骨折、翌日も男性が足を骨折。けがをした人は300人以上にのぼるとか。ここには「 安全対策」という感覚はありません。

「『日本では安全が絶対視され、それによる不自由は目をつぶってきた。このテーマパークは、いわば逆です。そもそも、自由ということは危険もはらむ、という認識が日本ではまだ浸透していないのかもしれません。』と学芸員平林恵さん」

公共の場所で事故が起こる度に補償問題が起こり、つくる側は、事故が起きないようにと、安全を優先しがちです。公園ではボール遊びも自転車もだめと、子どもたちは外側から規制され、自分で危険なことや人の迷惑になることを学べない状況になっています。

今、建設省と文部省が一緒になって全国に冒険遊び場をつくろうとしていますが、その一番の壁になるのもやはり市民の「受け身的な意識」。行政におんぶに抱っこ、つくってほしいと要求はしても、何か起きたときには行政の責任では、冒険遊び場はつくれません。

この公園では「立入禁止」の代わりに「立入注意」という立て札があるとか。わたしたちは「自分の責任で自由に遊ぶ」市民でいたいですね。

(参考「五感喪失」山下柚実 文芸春秋社)
































3.子どもを連れていける講座


講演会を企画するときに一番苦労するのが託児です。

一人2時間1500円の託児ボランティアの費用を捻出するのも大変だし、会場を準備するのも大変です。定員も限られているために託児をお断りすることもあります。

今回の連続講演会では、子ども連れが施設を利用することの難しさを感じる出来事が何度も起こりました。

子ども連れで会議室の準備をしていると「子どもは会議室に入れないで下さい」。廊下に出ると「他の方のご迷惑になります」(私たち以外の会議室は空きだったのですが)それで子ども連れは幼児室で待機。

講演会が始まってからは、赤ちゃん連れのお母さん達は講演会場の後ろで立って赤ちゃんをあやしながら話を聞いています。しかし赤ちゃんがぐずりだし、仕方なく廊下に出ていくお母さんもいました。

そこに「他の方に迷惑です」と事務室から声がかかります。

ふうー。

他の施設ではこんなこともありました。

託児室のない施設でのこと。託児グループの方は子どもたちが喜ぶようにと、壁を折り紙や風船で飾り付けてくれました。12時10分前に講座を終了しお迎えに行ってもらいましたが、12時になると掃除の方の文句攻撃が始まります。

「まあ壁にこんなものつけて!」新聞プールの残骸を見て「あんなに散らかして!」来場者に向かって「早く帰ればいいのに」、、、、、。

市の主催講座によく参加しますが、12時を過ぎたからといって追い出されたり子どもを邪険に扱われたことはありません。施設の説明では「12時までが規定です。12時を10分でも過ぎるときには5時まで借りてください」とのこと。

それっておかしくないでしょうか?






























4.地域にコミュニティスペースを


IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)の日本代表・奥田陸子さんは名古屋市在住。それでよく名古屋市と福岡市の話になります。

以前奥田さんから「会議が終わってからもロビーで話を続ける」という話を聞き、「えっ?」と思わず聞き返しました。

だって私たちは会議室が終わったらすぐに部屋から追い出され、子どもがいても話ができる公園かロッテリアへ移動するというのがパターン。ロビーはタバコを吸ったりジュースを飲んだりするための場所で、話がゆっくりできる場所だとは思ってもいませんでした。

ところが名古屋市の公共施設のなかには、会場を借りずにロビーでいろんな団体が打ち合わせをしていところもあるそうです。そこで自然に団体間の交流が生まれることもあるとか。

大野城市に最近できた「大野南コミュニティ」のロビーも、そんな人が集まって話ができるロビーの一つ。イスの雰囲気が暖かく、まわりには市内の情報が集められています。そこに座るとつい長話をしてしまう、そんな居心地のいいロビーです。

浮浪者が眠りにくるためにロビーのイスさえ撤去する施設もあるそうですが、人が大勢集まってぺちゃくちゃ話をしていれば浮浪者も居心地が悪いはずですよね。

地域での子育てとか、コミュニティの再生とかいっても、人が集まる場所がなければ何も始まりません。各団体が会議室のなかで話し合っているだけではだめなのです。

誰でもいつでも人が集まったり話ができる場所を地域につくることが必要ですよね。

「各地にコミュニティスペースを!」

そしてそのコミュニティスペースのなかに、 「子育てコミュニティスペース」ができれば最高だと思いませんか?




































5.空気のきれいなまち


「世界は脱クルマ社会へ」という本を読みました。なぜって最近アトピーの子どもがとても増えていて、そのために私たちにできることが何かないだろうかと、ずっと考えていたからなんです。

アトピーの原因は、食べ物とかダニとかいろいろと言われていますが、大気汚染も原因の一つではないか?と疑われています。

福岡県は二酸化窒素の環境基準を上回っている大気汚染県です。

私が大気汚染に興味を持ちはじめたのは、保育園で仕事をしているときでした。風がない天気がいい日の夕方には、目やのどが痛くなりました。そして翌日必ずといっていいほど、ぜんそくで遅刻や休む子どもが出ます。

もしかすると目には見えないけれど、とっても空気が汚れているんじゃないかしら?と思い始めました。

福岡市は特にバスが多いし、最近では自動車も大型化しているし、渋滞もひどくなる一方です。これからもっと空気は汚くなる一方なのしょうか。

これって、止めることはできないのでしょうか。

時々ぶつぶつを顔いっぱいにつくった赤ちゃんを見かけると、体によくない汚染物質を、必死で体外に出そうとしているのではないか?と思えてきます。赤い子は抵抗力が人一倍強い子なのかもしれません。

ところで世界がどのようにして脱クルマをしているかというと、例えばヨーロッパ各国では、路面電車をひくようにするとか。シンガポールでは電車とバスの利用料金を低価格にするとか。オランダでは住宅地をつくるときには、駅や商業地区まで自転車道を整備し、通勤の30%が自転車を利用するとか。

平地の多い福岡市でも利用できそうな政策がいろいろと紹介されていました。

わたしたち大人の行動が、子どもたちの今と未来をつくっています。次世代につけをまわさない生活をみんなでつくりたいですね。

6.ほしい!子育てコミュニティ施設

東京都武蔵野市立「0123吉祥寺」ってご存じですか?

日本で始めてつくられた子育てコミュニティ施設。

この施設に習って全国で続々と子育てコミュニティ施設がつくられています。

昨年の10月、そこの森下園長先生を招福しました。森下先生は「ひとりっきりで子育てができる人なんかいない。子育てコミュニティ施設は、地域でいっしょに子育てができるもう一つの家」とスライドで施設を紹介されました。

広いホールでのびのびと遊ぶ親子づれ、手作りの大型積み木で一緒に遊ぶ子ども、庭のくるみを落としている職員、お父さん同士の学習会とステキなスライドが続きました。 

講演会には200名ほどの来場者があり、用意した50冊の本も、またたく間に売れ、子育てコミュニティ施設への関心の高さが伺えました。市職員の皆さんの姿もちらほら。

サロンもだんだんとメジャーになり、西区では市民センターで毎週木曜日に、託児室を利用して、子育てサロンがはじまりました。

先日は自宅でサロンを開きたいという人も見学に見えました。私たちがサロン(ミニミニ0123吉祥寺)を開こうとしたときに一番の難関が、場所探しです。いつでもおもちゃをおきっぱなしで、いつで
も誰でも遊びに来る場所は、お金が高い。市民のボランティアでサロンをつくれば、家賃も含めて一カ所わずか200万円ほど(1年間)で開けるのです。

これは福岡市が赤ちゃん一人に対して補助している1年分にすぎません。























7.幼児と図書館

寝る前に絵本の読み聞かせをしているというお母さんやお父さん、多いと思います。

保育園のときの最高記録は、3人の子どもに一人3冊、一日9冊読んでいるというお母さんでした。そこの子どもたちは1年間でのべ3000冊以上読んでいるということになりますから、びっくりです。

私もよく絵本を探しに図書館にいきますが、一番困るのが、絵本の探しにくさ。図書館はどれもこれもみんなまとめて、あいうえお順に並べてあるので、とっても探しにくいんです。保育経験のある私でも絵本の名前を覚えているわけではありません。絵本を探しにいっても、膨大な本の山を前に「どうやって探そう」と立ちすくみ、何時間も探したあげく見つからなくて帰ることが多いのです。

幼児や赤ちゃんを連れたみなさんは、いったいどうやって、絵本を探していらっしゃるのでしょうか。

本を借りるときって、「今、虫に興味をもっているから、虫に関係したお話ないかな」とか「1歳ぐらいでも楽しめる絵本はないかしら」という気持で借りにいきますよね。あの絵本の山のなかから、そういう本と出会うのは、ほとんど無理。子どもに選ばせると、見たことがあるキャラクターの本を持ってきたり、目についたものをとってきたり、家に帰って読んでも、見向きもしなかったということも起こります。

絵本もおもちゃと同じで、子どもにぴったりと合っていると、とても興味を持ちおもしろがって、何度でも読んでもらいたがります。そうなると親ももっと読んでやろうと思うし、子どもも絵本の楽しさを知ることができます。

子どもの本が、ちょっと工夫して並べられるだけで、絵本の好きな子どもたちがたくさん増えるだろうに…
ほんとに残念。一考を願いたいものです。

(特別編)みなさんありがとうございました

みなさんいつもひだまりひろばに来て下さってありがとうございます。

大野城サロンも昨年7月の開催以来、たくさんの方々に来ていただいて、とても嬉しく思います。

大野城サロンを開いたのは、春日サロンのお手伝いをしていたこともあって、家の近所にできた南コミュニティセンターでサロンをしたらどうだろうと思いついたのがきっかけでした。部屋も広いし、駐車場も広いし、マッサージチェアーも自由に使えるし、これならたくさんの方が利用できるぞと期待していました。

ところが、始めてみると施設の規則により利用料100円をいただくことによってサロンが営利目的とされ、施設の利用料が倍になってしまい、たちまちひだまりの会の会計をおびやかす存在となってしまったのです。そんな実情でも、来て下さる方々の笑顔を見、サロンのなごやかーな空気を感じると、「やっぱり頑張って続けるぞ!」とおもちゃの詰まった衣装ケースを運ぶ手にも力が入り、私の二の腕もますますたくましくなってきました。

今月で大野城サロンは終わることになり、とても残念でなりませんが、「親と子の広場」の方も、是非遊びにいってみてください。そして意見があれば直接市に言ってしまいましょう。

みんなで言えば怖くない!そうすればもっといい形のものになっていくことでしょう。

大野城サロンに来ていただいていた方々には、突然のことで本当に申し訳ありません。他のサロンもまだ開催中ですし、5月からは、福岡市城南区・慶光幼稚園の一室をお借りして、常設サロンも始まります。またどこかのサロンでお会いできたらイイですね。それとも、みなさんもご近所でサロンを始めてみませんか?その時は協力させていただきます。

スタッフも、随時募集中です。と最後は宣伝になってしまいました。では、また、どこかで…。/川辺由起子

8.つくろう!子育てコミュニティスペース

東京都武蔵野市立「0123吉祥寺」ってご存じですか?

ここは9年前に、日本で始めてつくられた子育てコミュニティ施設です。

この施設に習って、全国に続々と子育てコミュニティ施設がつくられています。

昨年の10月1日、0123吉祥寺の森下久美子園長先生を招福しました。森下先生は「ひとりっきりで子育てができる人なんかいない。子育てコミュニティは、地域でいっしょに子育てができるもう一つの家」と施設を紹介されました。

子育てコミュニティは、「子どもを預かってもらう場所ではなく、先生に遊んでもらう場所でもなく、何かを教えてもらう場所でもなく、自分の責任で自由にすごす場所」です。でもそんな場所こそ、親と子に必要だと思いませんか? 

講演会では、遊具がたっぷりと揃った広いホールで、のびのびと遊ぶ親子連れや、庭の栗の実を落としているスタッフ、お父さん同士の学習会など、うらやましさでため息が出るような、ステキなスライドを見せていただきました。

本当はそんな施設が今すぐほしい、でも自分たちでできることから始めようと集まったのが2年前。

今振り返ると、子育てコミュニティが福岡市になくてよかったのかも、と思えるようになりました。

この2年間、本当にすばらしい多くの出会いがあり、感動で涙したことも何度となくありました。市役所も保健所も身近になったし、何よりも、自分たちで自分たちの環境をつくっているという実感がうれしいのです。

福岡市は、これからどのような形で子育て交流サロンを、各地域に広げていけるのか、今年一年間、検討をするそうです。わたしたちも、しっかりと参加していきましょう。

だって、わたしたちのまちだから。

9.まちづくりに「子どもの参画」

「子ども議会」「公園づくりワークショップ」など近頃、子どもや住民が、まちづくりに参画する機会が少しずつ増えています。自分たちのまちを自分たちで考えてつくっていく、そういう時代が始まったようです。

IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)の今年の総会でも、「子どもの参画」が課題の一つとして取り上げられました。「子どもの参画」は、子どもを社会を構成するひとりの人間として、意見を聞き、一緒に社会をつくっていこうという取り組みです。名古屋市には、子どもの参画を促すNPOができたそうで、わくわくするような活動のお話を伺いました。

自分の生活の主人公としていきいきと生活し、そして学校にも地域社会にも、積極的に参画していく、そんな主体的な子どもたちが、いっぱいになったらすばらしいですね。

子どもたちの自分づくりは、赤ちゃんのときから始まっています。

子どもたちは『遊び』のなかで、自分で考えること、自分で判断すること、自分で行動することを、一つ一つ獲得していきます。

大人も子どもも、きっと行動することを重ねるうちに、自分の体と心の主人公になっていくのでしょうね。

IPAの奥田陸子代表は、ロジャー・ハートの著作「子どもの参画」を通して、「子どもには、大人が(こんなことは無理だろう)とあきらめてしまうようなことでも『やっぱりおかしいよ』『変えようよ』と言う力、やっていこうとする力がある。それを大人が受け止めていき、子どもといっしょに社会をつくっていこうとしたときに、社会は変わるのではないか」と話をされました。

この言葉は、強く私の心に残りました。
10.ぶつかり合う場所

頻発する若者の暴力、その事件の中身に不気味さを感じている人は多いのではないでしょうか。人を人とも思わない、人の気持ちがわからない「他者不在」という精神病理は、静かにこの日本に広がっている気がします。

生きていることのリアリティー(現実感)がない子ども、人を人とも思わない子どもはどうして育つのでしょうか。

ビデオやテレビなどの仮想現実が、ごく幼いときから子どもたちに与えられていることも、大きな原因といえるでしょう。

また、子どもたちが幼いうちに、ぶつかり合う経験ができなくなっていることも、一つの原因ではないでしょうか。優しい親に、いつの間にか食べさせてもらって、着せてもらってという生活のなかでは、子どもたちは現実感を持つことができません。

歩きながら食べると「座って食べようね」と食べ物をとりあげる親がいて、初めて子どもは思い通りにならない環境に気づきます。環境とのぶつかりあいを通して、自我は確立されるのです。

すべてを受け入れてくれる環境のなかでは、自我の形成はできず、自分と親の区別、自分と環境の区別がない、透明な存在となる可能性大です。

兄弟や友だちとのぶつかり合いも、子どもの心の成長にとって、欠かせない経験です。他の子のおもちゃを取って「だめー!」と押し倒される、「うわーん!」と泣かれる、そんな体験を何度も何度もくぐるうちに、子どもは感情と意志を持った「他者」の存在に気づきます。けんかもするけど一緒だと楽しいね、それが人間関係。

箱入り娘や息子は、箱から出たときに、うまく人間関係を結べません。

公園では、わが子がおもちゃを取り上げられると怒りだす幼い親が増えているといいます。ひだまりでは、子どもが人間に成長するためにはぶつかり合いも必要よねと、大人の見通しを持って、おおらかに見守っていける場所にしたいですね。

11.市民と行政のパートナーシップ〜わたしはあきらめない女〜

今年の5月から、子育てコミュニティスペースのモデル事業として始めた「わいわい子育てスペースひだまりん」。ここ3ヶ月ほどの間に、67名ほどの見学者がありました。近くは城南区の保健所の皆さんやまちづくり課の方、遠くは鹿児島からも熱心な見学者がお見えになりました。

子育て支援とかけ声はあがり、予算は市町村に降りているものの実際何をすればいいのか、どこの市町村でも模索していると感じます。

よく「行政は現場を何もわかっていない」という声を聞きます。でもそれはある意味当然だと思うのです。行政は施策を計画し実施することの専門家。しかしその地域の子どもたち、親たちがどのような状況にあるかは、現場の人間にしかわかりません。今はまだ保健婦さんや公民館主事、児童民生委員さん、そして子育て中の親のような現場をよく知っている人たちが施策の計画に参加する仕組みはありません。

今は施策の専門家(行政)と現場の専門家(親など)をつなぐシステムづくりの途中なのです。

市民はそういう場がないことでつい文句を言うことに走りがち。私もつい文句に走り(文句ではなく、意見を言うのよ)といつも自分にいいきかせています。

冒険遊び場のプレーリーダー天野氏はこう言います。「住民と行政はどこが違うか。行政は縦割りだが、住民はそういう枠組みがない。行政は縦割りであるだけその分野に専門的に関われる。住民は、縦割りのはざまにあるものをひっくるめて横断的にカバーできる。行政は予算があり、計画をたてないと動けない。住民は計画性がないがゆえに臨機応変の動きができる。そういう持ち味の違いを寄せることが大事である」

行政と住民の協働は始まったばかり。

やっても無駄とあきらめるより、やってみる方が、かっこいい!!

マスタープランへの意見ハガキ、市長へのハガキ、ホームページなど、意見を言うチャンスを一緒に見つけませんか?

12.子どもは、お客さんじゃないざんす

我が家は親子3人(5歳&3歳半)で外出する時は、公共機関を使います。地下鉄やバスを利用するのですが、乗り物の中での幼児のマナーは、皆さん、いかがなものでしょうか?

数多くの親子連れを目撃してきましたが、残念なことに気持ちの良い場面に出くわすことはあまりありません。

席を子どもに独占させたり(親は立っている。なぜ!?)、車内でお菓子やジュース、ピコピコゲームざんまい。走りまわる子もいますよね。お年寄りや妊婦が乗ってきても席を譲るなんてのは見たことないなあ。

で、お母さんはというと、あまり注意もせずに妙によそよそしい感じ。

緊張しているのかしら。

お手本なしに子どもはマナーを学ぶことはできません。「いけない」ことを教えてあげて、初めて子どもは他の人の存在や自分の立場に気付きます。

公共の空間は、「マナーのレッスン」という名の、他の人とコミュニケーションをとる良いチャンス。

こわい人もいるけど、気持ちが通じれば声を気軽にかけて下さる方もたっくさんいます。だから親も、子連れだからといって卑屈になる必要はないし、お客様顔でふんぞり返ることもない。

自然に、人としてあたりまえのふるまいをすれば、きっと子どもにも他の人にもわかってもらえると思います。

ちなみに我が家のマナーは、ご迷惑をかけることがあれば、必ず注意する。それでもわからない時は、とりあえず「乗れないよ。」と言って降ります(たいがいここで泣いて反省)。席もひとりでは座らせません。ガラ空きの時は例外ですが、たいていは立つか、私の膝の上。だって子どもはお金を払ってないんですもん。席は大人が優先があたりまえ。長時間になると、ちょっとたいへんですが、2,30分の乗車の際は、ぜひおためしを。 /笠(りゅう)

13.えっー!少年犯罪全国一位!?

先日ある会議で、西警察署管区が日本一少年犯罪が多いということを聞きました。

「えーっ!!」私は大声で叫びたい気分でしたが、そこは一応大人、ガマンガマン。

でもそれってもっと驚いたり「そりゃあ、いかんですぞ!なんとかせねばなりません!」とか言って、机をどん!とこぶしでたたいて、怒らないといけない問題じゃないんでしょうか。

子どもたちの健全育成のための施設には、児童館と児童遊園というものがあります。

福岡市はこんなに大都会なのに、市内に児童館はたった一つ、児童遊園は0。(広島市は児童館94,北九州市は42)。児童虐待が問題になり、福岡市周辺の町には自由に利用できる乳幼児とその親のためのスペースが続々と誕生しているというのに、福岡市にはまだ1箇所もできる予定がありません。

公民館に児童等集会室ができても、子どもたちに開放されなければ、ただの貸部屋でしかありません。

我が家の息子が中学生だった頃、昔の遊びがのっている本をながめながら「昔の子どもっていいなあ〜」とつぶやいていました。そう、私たちは川や山で遊んだ、きっと最後の世代。自分たちは野山で走って、子ども時代を過ごしたというのに、自分の子どもや孫には、ビデオやテレビゲームを与えているなんて、寂しい気がします。テレビの前に座っていて、人間関係が豊かになったり、我慢する力がついたり、人の痛みを感じとる力がついたりするはずがありません。

息子は「もし冒険遊び場が近くにあったら、毎日通って小学生に小屋を作ってやったりするのにな〜」と言っていました。

その息子も、もうすぐ大学生。「お母さん、いったいどこで遊べっていうと。ぼくたちどこに行ってもじゃまにされるとよ」と訴えた息子。遊び場を増やすのは、あなたの成長には間に合わなかった、ごめんね。

でもこれからの子どもたちのために、もうひとふんばりするから見てて。と心に誓う、私も母でした。

14.子育ての学び方

「ひだまりサロン」を初めてもうすぐ3年です。

全国にも子育てサロン、子育て広場など、似たような名前の場所があります。しかしその内容はさまざま。

例えば、専門家が相談に応じるカウンセリングのサロン。
親同士が悩みを打ち明け合ったり、おしゃべりをする親のためのサロン。
そして親を集めて、専門家やボランティアが遊びや知識を与える指導のサロン等…。

私たちのサロンはそのどれでもありません。

目指すは「子育てコミュニティ0123吉祥寺」。

子どもが主体的に遊び、親が気軽に交流・相談でき、一緒に子育てができる場をつくりたいと思っています。

まだ家の周囲が道路でなかった時代、子どもが遊ぶとか、親が情報交換をするというのは、地域で自然に行われたものでした。公園に人がいなくなり、そういう地域がなくなったために、サロンが必要になってきたのです。ですから、そこで子どもが自由に遊ぶことも、親が自由に過ごすことも、当たり前のことです。

育児教室で、皆が前を向いて講師のお話を聞いているのは「何かを学んでいる」とまわりから見えやすいものです。しかし私たちは、自由な空間の混沌のなかで、子育ての知識や生きた知恵を、育児教室と同じぐらい、あるいはもっと、学んでいるのではないでしょうか。

昔からずっと誰もが、見よう見まねで子育てをしてきました。スタッフの仕事はそういう自然な場をつくること。

河合隼雄氏はある本の中で、カウンセリングの心構えを「全力を尽くして何もしない」と述べていました。それを読んだときに子育てや子育て支援と同じだと思いました。何かを指導したり教える方が、すぐに効果があがるように見えることもあります。もちろん求めていることには応えたいと思うし、苦しんでいる時には力を貸したいと思います。しかし基本的には、子どもにも、大人にも、本来の力が発揮できる場をつくり、その内発的な力を信じて、待つことや認めることに、心を使いたいと思うのです。

15.子育て支援って何……?


先日、某市の某子育て支援センターを見学しました。

ビルのなかにつくられたそのフロアーは、子どもの大声でいっぱい。駅のそばということもあって、毎日数百人の利用があるそうです。どんな遊び場でも、ないよりもある方が良いと思います。でも私はその喧噪のなかで立ちすくみ、「これが子育て支援施設なのだろうか」と考え込んでしまいました。

どう見てもそこは屋内遊園地。カラフルな遊具があっちにもこっちにも。子どもはその強い刺激に反応して走り回っています。そこは「遊具が子どもを遊んでくれる場」で、「子ども自身が遊びをつくりだす場」ではありませんでした。

幼い子どもは、環境の刺激に敏感です。高いところを見ると登り、穴を見つけると、何かを入れようとします。子どもは刺激に反応せずにいられません。色や形、音の刺激が強い場所では、子どもたちは自分の発想を付け加えることができないのです。

大人は、子どもが興奮しているのを見て、楽しく遊んでいると勘違いすることがあるようです。

もちろん子どもは、感情を開放することも必要だと思います。でも興奮させられている子どもと、大喜びしている子どもは、まったく違うと思うのです。ときには興奮するような刺激も必要かもしれませんが、遊園地で毎日育つ子どもは、どのような人間に成長するのか心配になりました。

そこはスタッフも大勢いて、スタッフが子どもを遊ばせていました。子どもは、スタッフや遊具が遊んでくれるのですから、親は何もしなくてすみます。

でもそれが支援なのでしょうか…。

その施設にはビデオブースもあって、カウンターでは、ビデオの貸し出しをしていました。親子でビデオを見る後ろ姿を見て、「これが子育て支援なのだろうか」とまたまた、つぶやいてしまいました。

子どもたちは、本当は、土や水たまりがあるだけで遊ぶことができます。

でも今、子どもたちのまわりに遊びの素材になる草や水や土は、ほとんどありません。

親は車が危なくて、自由に歩かせることさえままならない状態です。親が子どもを放っておいても、自然に遊んで、健やかに育つような時代ではなくなってきた。

だからひだまりサロンのような場が必要だと思いました。

「0123吉祥寺」のC−デザインを担当した田島一夫さんは、「ひとはその生き方を与えられた形や環境に合わせようとする適応力を持っています」「環境が人を育てる。色や形や材質や音など、視聴覚を中心とした五感が人間を律するのです」「子どもを育む施設だからこそ、子どもの心を豊かにする遊具だからこそ、こだわらなければならないのです」と述べています。

大人は、子どもたちが健やかに育つ環境をつくることに力を注ぐ必要があるのではないでしょうか。

16.与える遊びとつくりだす遊び

最近、子育て支援が盛んになり、赤ちゃん・幼児教室、イベントやサークルの支援が多く行われるようになってきました。

それはとてもうれしいことです。しかしそのなかで気になっていることがあります。

それは、大人がプログラムをつくって、赤ちゃんや3歳未満の幼児に対して、遊びを与える機会が増えていることです。

私は保育園を退職した後、教室やサークルで講師をしていましたが、そこで悩んだのが、「遊びを与える」ことでした。

保育園では赤ちゃんや3歳未満の幼児に1時間もの長時間プログラムで遊ばせるなんて考えたこともありませんでした。3歳未満の子どもというのは、環境を探索し、物を取り扱い、人とやりとりをし、その体験のなかから自然や物の性質を知り、自分の体や手足を環境に合わせて調節し、認識や思考力
や想像力を獲得していく時期です。赤ちゃんや幼児には「一方的に刺激を与えること」ではなく、「人や環境とやりとりをすること」が、とても大切なのです。

大人が与える遊びのなかでは、親は子どもに接近して過干渉になりがちです。乳幼児期は服の脱ぎ着や食事の仕方など、生活のなかで親が指導しないといけないことが、山のようにあります。遊びのなかでも親が指示してしまうと、いつも親が子どもに指示を与え、子どもはそれを受けるだけという一方的な親子関係になってしまう危険性があります。

またそのようなイベントに参加して「子どもは大人が遊んであげるもの」と勘違いして家でも子どもに手遊びやリズム遊びをしていたら、子育てはとっても大変なものになってしまいます。家事などで遊んであげられないときはビデオを見せようと思うかもしれません。

本当は子どもは、赤ちゃんであっても自分で遊びをつくりだす力を持っています。

大人がずっと遊びを与える必要はありません。自然な遊びのなかでは、子どもは自分から親のひざから
降りていきます。子どもは少しずつ親から離れる距離を伸ばし、初めて見るものがあると親の顔を確かめて、さわっても大丈夫かを確かめます。うれしいことがあると親の顔を見上げ、悲しいことがあるとなぐさめてもらいに親のひざへ帰ってきます。そういう自然なやりとりのなかで、親と子どもは、ちょうどいい距離感と関係を見つけだしていきます。

子どもがつくりだす遊びは、子ども自身を育て、ちょうどいい親子関係を育てます。

イベント型支援より常設型支援を!日常の遊び場を!と訴えるのは、こんな理由もあるのです。


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